BlogHappy Mind Creator

社会適応力が育たない背景にある風潮とは? ~嫌だ嫌だの悪循環スパイラル~

仕事が通常通りにできる環境があることへの感謝。

パソコンの機能不全から復活を遂げて、強く感じている自分がいます。

受信したメールをiphoneでタイムリーに確認することが当たり前だったわけですが、そんな当たり前の環境が崩壊したとき、急にメールチェックできない環境に対する不安とイライラが・・・

『自分のパフォーマンスを維持・発揮できる環境を常に整える』

あらためて、この”整える”ということがとても大切だなと実感しています。

さて今日のメインテーマに・・・

だいぶ前の話になりますが、テレビを見ていたときに、

『子ども達から嫌だとかビジュアルが気持ち悪いという意見がでている教材商品があって、その意見を取り入れて即座に商品を改良したというエピソード』

がありました。子ども達の親からも、一部の教師からも嫌だという意見あり。

もちろんマーケティング的な視点ではある意味の正解なんだと思いますが・・・

その状況を聞いて、テレビに出ていたあの”IKKO”さんが以下のようなコメントを・・・

『じゃあ子ども達が将来なんでも嫌と言えば、避けて通れるのでしょうか??』

う~ん本質的な感覚としてなんだかとても共感するコメントだったのでここで書いています。

何か自分の思い通りにならないときに、「嫌だ」と発言をするのはよしとしましょう。しかし、そんな状況のときに、まわりの人達が、発言した人の思い通りになるようにしすぎている風潮に少し違和感を感じていたので、そのコメントに共感したのだと思います。

子どもが言うならまだしも、親が「嫌だ」と発言し、教師が「嫌だ」と発言し・・・

というよりも、何かに抵抗したり反抗したり嫌だと主張する親や教師の姿を日々観察する中で、子ども達は、嫌だったらいろいろ相手に文句を言えばいいんだ!!という認識が芽生え、そうなる傾向が強いのでは・・・

自分の感じたことや思ったことをそのまますぐに口に出す人は、個人的には成熟度があまり高い人間だと思っていません。成熟度の高い人間は、その場に応じて感情をコントロールできますし、その場に応じて、適切なリアクションやアウトプットを選択できるものです。

上記のような風潮が色濃くなりすぎると、最終的には『言ったもん勝ち』になってしまう。最近は、CS(顧客満足)の概念が、ある人やある組織によっては少し違った方向に用いられているように感じます。

『お客様のご意見ご要望にはなんでも対応致します!!』

それは聞こえがいいですし、実現できたら素晴らしいと思いますが現実的にそんなことできるでしょうか?? 本当にやる必要があるでしょうか??それが本当の顧客満足でしょうか?? 個人的には違うと思っています。

お客様や利用者という人達には、いろいろなタイプの人たちが混在していて大きく分ければ、善意のあるお客様と悪意のあるお客様に分けることもできます。もちろん、すべてが善意のあるお客様だとしたらうれしいのですが、まずそれはないでしょう。

善意のあるお客様、つまりその人や組織やその商品・サービスのファンであるお客様のご意見ご要望に対しては、出来る限り誠意を持って対応していくのが本当のCS活動だと思います。

しかし、世の中には悪意のあるお客様、つまりその人や組織やその商品・サービスを良く思っていない人のご意見ご要望に全て対応していたら、その人や組織は疲弊して崩壊してしまうでしょう。商品・サービスへの不満というよりも、何か自分が満たされていないことに対して、文句を言う対象をいつも探しているようなもっと厄介な人もいますよね。

『なんでもかんでも言われたら対応する!!誰に言われても対応する!!』

というへんてこりんなCS活動の風潮が広まってしまうと、みんなが疲弊するし、ストレスがたまってあまりいい事ないんじゃないかな~と思うのです。まさに・・・

『嫌だ嫌だの悪循環スパイラル』

また、違った視点で

『じゃあ子ども達が将来なんでも嫌と言えば、避けて通れるのでしょうか??』

を捉えてみると・・・

人間は生きていれば、社会に出れば、嫌だけどやらなければいけないことなんてたくさんありますよね。理不尽でもなんとかしなければならない状況なんていくらでもありますよね。自分の思い通りにならないことも多いですよね。

これが、紛れもない社会であり現実の社会でしょう。少なくとも自分はそういう経験をたくさんしてきたように思います。

『そういう将来がやってくる子ども達に、嫌なときは嫌といって、避けて通れる経験をさせ過ぎてしまったらどうなるのか??』

社会に適応できなくなるのは当たり前じゃないでしょうか。

今、社会人1年目でフェードアウトする人が増えていることはよく言われること。それって、こういうことと少なからず関連していると思うのです。

嫌でもやらなければならないこと

苦しいけれど、乗り越えなければならないこと

理不尽でも前に進まなければならないこと

それをやはり少しは経験させて、カラダや心で体得させていかないと社会適応力の高い人間にはなれないと思います。もちろんレベル調整は必要ですが。

社会適応力が低いということは、社会で認められる、信頼される、評価される、必要とされる人間にはなれないということ。

これもまさに、『嫌だ嫌だの悪循環スパイラル』

例えば自分の場合は、学生の頃にサッカーというチームスポーツを通じて、社会適応していくベースを学ぶことができたと思っています。そして社会人となり、かなり厳しい会社に入りましたがその学びのベースがあったからこそ苦しい状況でも乗り越えて前に進むことができ、更に成長できたと思っています。もっと原点に立ち返れば、その根っこは親から教えられたのだと思っています。

嫌なこと、苦しいこと、理不尽なこと・・・

それを避けて通れないものだという現実には、必ず意味があってそれが必要だから自分に襲いかかってくると理解できるかどうかでその人の次のステージが決まっていくのではないでしょうか。

それを、まわりの大人たちが、なんでもかんでも「嫌だ嫌だ」と言っていたらそれを聞いた子ども達は、勘違いして、真似してしまうのもしょうがないと思いますね。

本当にかしこい人間は、そんな環境であってもどこかでスイッチを切り替えて変革することができるかもしれませんが、なかなかその思い込みを打破することは難しいものですよね。

その世界ではカリスマ的な”IKKO”さんがじゃあ子ども達が将来なんでも嫌と言えば、避けて通れるのでしょうか??』と語った背景にはそんな思いが凝縮されていたのではないのかな~なんて自分なりに推察して考えてみました。

だってカリスマになるってことは絶対に人には言えない苦労を積み重ねて生きてきた結果ですからね。そういう人が発信する言葉には、パワーを感じるとともに本質を感じます。

人間生きていれば、嫌なことに遭遇することがたくさんありますが、そんなときにどんな人がまわりにいるかでそこに向き合う姿勢が変わっていくということですよね。どういう親なのか、どういうチームメンバーなのか、どういう先生なのか・・・

『嫌と言えば簡単に避けて通れるという感覚を植え付け過ぎない』

これが大切ではないでしょうか。

だから、私がコーチをしているサッカーチームの禁止言葉は・・・

『無理!!』『嫌だ!!』

その言葉を使えば、困難なこと、自分の気持ち的として嫌なこと、苦手なことを回避できると思い込んでほしくないわけです。少なくとも目の前の意味ある壁や問題からの回避フレーズとして使ってほしくないと思っています。

でも、たまに癖で思わず発言してしまう子もいますけどね・・・

お読みいただいた方の何かのヒントと未来のハッピーに少しでもつながれば幸いです。

0

一覧を見る