ドリームキラーとドリームサポーターは自分自身の中に存在している ~自己肯定と自己否定の人生ギャップ~
- 2026.07.28
- MESSAGEPERSONAL COACHING
自己肯定感 ヘリコプターペアレンツ 夢 ドリームサポーター ドリームキラー

夢を持ち前に進もうとしている人に対して
その人を応援しようとする人もいるし、
その逆に夢に向かう人を邪魔しようとする人もいる。
成功している人に対して
その人から学ぼうとする人もいるし、
その人を軽蔑するためにネガティブな要素を見つけて叩こうとする人もいる。
先日・・・
ドリームキラーとドリームサポーター
というフレーズが目に入ってなんとなくメモをしておいたのですが、世の中には確実にキラーとサポーターが存在していますよね。
個人的な見解になりますが、ドリームキラー傾向が強い人は、
・自己評価が低い(自己肯定感が低い・コンプレックスを持っている)
・その時になんらかの問題を抱えている(自分が満たされていない・不安定な状態)
そんな人が多いように感じます。
少し視点を変えた見解をお伝えすると、
『良かれと思って心配して伝えてあげている行為が、ドリームキラーになっているパターン』
も存在している。
例えば、過保護な親もそのパターンに入るのかもしれません。以前このブログでヘリコプターペアレンツについての見解も書きましたが、
『ヘリコプターペアレンツとは、自分の子どものまわりを、ヘリコプターがホバリングするかのように関わり続ける親のこと。』
『我が子を常に心配して、できる限り失敗させないように関わり、過干渉、過保護、あらゆるお膳立てをすることで、子ども達が経験を通して、失敗を通して学ぶ機会を奪ってしまう親のこと。』
子どもに対して過度な心配がマイナスに働いてしまうパターン。
よかれと思ってやっているけれど、そんな自分の存在や行動が、実際には子どもの夢を潰している主な原因になっているということには気づかないわけです。
その前に、子どもが自分自身の夢を持つとか、自ら主体的に考えて行動をするいう発想や感覚そのものを制限してしまっているのがヘリコプターペアレンツの存在なのでしょう。
関わり方のバランスとか、過度と適度とか、それを判断したり、見極めたりする能力が人のよって大きな差があるのは確かだと思っています。子育てにもこの”バランス感覚”は大切でしょう。
いわゆる、ヘリコプターペアレンツを持つ子どものおおまかな人生プロセスは・・・
①親が決めたレールをくそまじめに生きる
②親が決めたゴールにたどり着いてみたらなんだかおかしいと気づく(違和感あり)
③気づいたときには、自分が本当に何をしたいのかがわからない
④自分自身の明確なキャリア設計ができないから、いつもまわりに振り回され続ける
⑤自分軸で生きていないから、生きがいを見いだせない人生になる可能性が高い
これも立派な?
”ドリームキラー的家庭環境の成立”でしょうね。
以前、ある方の講演を聴講したときに、親として子ども達との関わり方のポイントについて学ぶ機会があったのですが、その方のメッセージにはこんな内容がありました。
①乳児期 = 「いっしょに行う」
②幼児期 = 「いっしょに遊ぶ」
③小学生 = 「いっしょに学ぶ」
④中学生 = 「いっしょに考える」
⑤高校生 = 「そばで見守る」(余分なことは言わない)
親として子どもに対する関わり方のスタンスを成長ステージに応じて、適切に変えていくということが大切ということ。子どもとの距離感の調整が大事なのでしょう。
行い、遊び、学んで、考えていくプロセスの中で、親としてその子に伝えたい価値観やスタンスを身に付けてもらい、人間としてのベースを一緒に創っていくこと。そのベースができたら、夢に向かって進んでいく姿を見守って、必要とあらばちょっとサポートしてあげること。
まあ、言い方を変えれば、ずっとこれからその子に心配し続けなくて済むように適切な関わり方していくということでしょう。
つまり、子どもが自力で夢を実現できるように関わり、育て、そして応援していく。これこそ、”ドリームサポーター的家庭環境の成立”なのかなと思っています。
あともう1つ自分で気になってしまうのは、まわりの誰かではなく、自分自身が自分のドリームキラーになっているパターン。
「こんな自分にはそんなことできるわけがない、そんな力もない」
「今がまあまあだから、そこまで頑張らなくてもいいか」
「失敗するのが嫌だから、誰かがやってくれるのを待ってたらいいや」
そんな言葉が、頭と心の中に登場してきて、自分が夢に向かう推進力を減退させる。これも、各人の中で日々起こっているドリームキラー現象。自分も自分の中のドリームキラーと常に戦っているような気がしています。少なからず、皆さんの日々もそうではないでしょうか。
心理学で、『コンフォートゾーン』というフレーズがありますが、コンフォートとは”心地よい”と訳すことができます。
人間だれでも、心地よい環境に身を置いていたいと思うもの。大人になればなるほど、まわりの人はコンフォートゾーンに身を置いている自分に何か忠告してくれることは少なくなっていくもの。
そこであらためて意識したほうがよいことは・・・
『ドリームキラーもドリームサポーターも自分のまわりにいる第三者というよりは、その人の中に存在している。』
ということなんだと思うのです。
まわりからいろいろと何かを言われたり、アドバイスされたり、否定されたりすることはありますが、最終的な判断は自分でしているわけですから。
でも実際には、Aさんに言われたからとかBさんが否定したからとか・・・
第三者からの意見や忠告を何かの言い訳の材料に使ってしまう人はけっこう多いように感じます。
コンフォートゾーンを突破して次のステージへと進む推進力のベースになっているものは・・・
『本人が持つ高い志や人生のビジョンであり、夢や目標に対する強い憧れ!!』
それが、各人のエネルギー差となって、日々の判断と行動力、チャレンジするパワーの差につながっているのでしょう。
『自分の未来への強い渇望や憧れを持てるか否か』
そして、そこに向かっていく自分自身に対するドリームサポーター的言葉かけをできているのか(自己肯定)、逆に自分自身がドリームキラー的言葉かけをしているのか(自己否定)。そんな日々の差が人生の大きな差につながってしまうのかなと。
このような見解は、その人の『自己肯定感』の差異がそこに大きな影響を与えているんだろうなと個人的には強く思っています。
今日は、ドリームキラーとドリームサポーターに対する見解を自分の中で少し整理してみました。
お読みいただいた方の何かのヒントと未来のハッピーに少しでもつながれば幸いです。
