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ポジショニングを正しく理解するために!!~「分類と比較」のレベルアップの継続~

さあ日本VSブラジル戦!!

今から8時間後にキックオフして、10時間後には結果がでている。とにかく応援ですね!!

さて、前回のブログで、絶対軸と相対軸の2軸視点についてメッセージを書きましたが、その中で登場したのが、『自分のポジショニングを正しく理解する』ということ。

今日は、その『ポジショニングを理解するためのポイント』について自分なりの見解をお伝えしたいと思います。

『分類と比較』

これが正確にできるか否か?ここがポジショニングの理解度や正確性を高めるためのポイント。

もっと大きな視座で考えると、この力の差で大きく人生が変わるのではないかと考えさせられる
ことも多いですね。

学習・成長とは「分類と比較」のレベルアップである!!

これは、個人的に講義や研修で使っているフレーズでもあります。つまり・・・

『人間は、世の中のあらゆるコトやモノを分類する力、そしてそのレベルを比較する力を体得することで正しい判断や行動や言動ができるようになっていく。』

ということです。

例えば、子どもの頃、親や先生に習ったのは「善悪の判断」といったコトです。〇〇な状況に遭遇したときに、こうするのは良いコト、こうしてしまうのは悪いコトまわりの大人たちや先輩たちがいろいろアドバイスや叱咤してくれる中で、その判断がだんだんできるようになってきたのは誰もが体感しているはずです。

「分類する力」をつけるためには、どうすればよいのか??

そのためには、前回もお伝えしたように、より広い世界、環境に身を置く機会を増やして、自分の知らない世界やあらゆるモノ・コトにたくさん触れたり、体験したりする中で自分の知識や知見を増やすことがまず必要。つまり、ちっぽけな自分を自覚して、人生の限られた時間でどれだけ多くの知らない情報を吸収できるかに挑戦しているかということでしょうか・・・

私は前職の上司に、そのために3つのメッセージをもらいました。

 ①人に会いなさい ②本を読みなさい ③旅をしなさい

今になって思うのは、世の中のあらゆることをしっかり「分類する力」をつけるために必要な行為を教えてもらっていたのだと思います。シンプルだけど深いメッセージ。

例えば、海外に旅することで、日本の良さや悪さを再確認するきっかけになることは誰もが体験していることだと思います。これも、自分が住んでいる国のポジショニングの理解につながる。これこそ分類する力(視点)が旅という行為によって身について行くわかりやすい事例かと思われます。

英語を勉強しなくては!!と思って帰ってきても、日本の生活がまた始まるとその必要性が薄れていく・・・私も含めて、そんな経験をしている人は多いはず。

そして、限られた時間の中で自分ですべて体験することはできないので、変わりに体験した人から話を聞いたり、そのエッセンスが整理されている本を読むという代替行為でカバーするという方法も重要ですよというメッセージだと思います。セミナーや研修を受ける行為も同じ理屈だと考えます。

このように、自分の感覚や思い込みとのギャップを体感することが大切であり、そのギャップを知ることで、「分類と比較」の感度や力量を磨いていくことが学習行為であり、それが成長というものなのかなと。

それしか知らない人で留まることなく、自分とのギャップを知ることによって自分自身の次なる伸びしろをイメージすることができるようになる。それが成長につながっていきます。

つまり、そのような環境や行動を経て、世の中や社会全体の中の個として『ポジショニングを知る』わけですよね。

自分が今、社会人としてどのレベルでどんなステージに存在しているのか?

自分が身を置いている環境は全体と比較したときにどんなレベルの環境なのか?

そんなポジショニングをある程度的確にわかっている人とそうでない人では日々の考え方や未来への判断に差がでてしまうのは当然でしょうね。

ソクラテスが『無知の知』という言葉を残していますが、まさに、そういうメッセージだと個人的には捉えています。しかし・・・以前このブログで紹介した一節をご紹介。

 『最近の子どもたちは、親しい友達など”親密圏”の人間関係に異様なほど配慮し合い、その傷つきやすい人間関係をマネジメントしていくことに何よりも優先性を認め、莫大なエネルギーを注ぎ込んでいる一方で、親密圏の外部、つまり公共圏にいる人間に対してはほとんど無関心になっている』

親密圏の中だけで生きていくと、その中だけの視点で分類したつもりになってしまう危険性大。つまりそれを「井の中の蛙」と表現しますね。自分ではわかっているつもりでも、まわりから見たらわかってないな~ということになる・・・

だから、最近は、あらゆるモノ・コトを分類する力が欠如した若者が増えているのだと推察することができます。親密圏だけの世界で過ごしているとギャップを認識する機会は減少するでしょうからね。それが「今の若者は常識がない」なんて言われる根源的要因ではないかと・・・

「物事を知らない若者が多い」・・・多くの経営者やリーダーから聞くお言葉。

私もそれは実感する年頃になってしまいました・・・それなりに年をとった証拠ですかね??でも、これは若者に限った話ではない気がします。そんなこと言っているおじさんが以外と常識やマナー知らずなんてことも多いのではないでしょうか。自分自身も気を付けなければいけませんよね。

10年以上前に、経済・金融業界で活躍する日本のトップレベルの方とお話するチャンスがありました。

『近未来を予見して正しい判断をするためにどうやって情報収集しているのですか?ポイントを教えてください。』と質問をした際に教えてもらったのは・・・

「対極を知りなさい」

という言葉。同じことを見てもどう捉えるか、見解は人それぞれであり、保守的な視点の人もいれば、革新的な視点の人もいる、悲観的な視点、楽観的な視点・・・対極を知るということは、分類の幅を知りなさいということなのかなと思います。

そして大切なのは分類した上で「比較する力」を身につけることだと思っています。分類する、そしてそれをレべリングする。この連動性が大切。

例えば、掃除の仕方にはいろいろなやり方(分類)があるけれど、そのやり方は人によって様々・・・その中でベストモデルはどんなやり方かがわかっている人は、上手に掃除ができるということ。でも、自分の視野や知識がせまいところでいくら頑張っていてもそのベストモデルは全く発想できないしイメージできない。

「なんで君はそんなことできないの??」

だって、分類がちゃんとできていないから当然無理ですよね。

だから、分類と比較は連動性が大切なのです。整理整頓、電話対応、挨拶、パソコン操作・・・日常のあらゆる行為や仕事内容にすべて当てはまるのではないでしょうか。

たくさんのやり方やスタイルを知っていて、その場に合わせて臨機応変に使い分けができる(最適化できる)人。

打ち手をたくさん用意していて、どんな状況が訪れても対応策を持っている人。

そんな人は信頼されて、必要とされるので世間的には優秀な人と認識されるのだと思います。

但し、その領域に、勝手になれるわけではなく・・・

「分類と比較」のレベルアップの継続がもたらす結果

だということです。

前職では、「量は質に転化する」という言葉で教えてもらいました。仕事量をたくさん経験する中で
「分類と比較」のレベルが上がること⇒仕事の質が上がるという意味でしょうね。

「分類と比較」のレベルアップこそ、人が一生やり続けるべき重要な行為だと思います。組織マネジメントの視点で考えれば、組織内の「分類と比較」のレベルを揃えること、そしてそれをレベルアップしていくこと=組織力アップなのだと思っています。

自分も更に質を高められるように日々を研ぎ澄ましていきたいですね。 実は、このブログを書くこともその質を高める効果があると思って継続していること。

皆さんも日々の無意識の中で自然とご自身がやっている『分類と比較』に少し意識をフォーカスしてみるとまた違った感覚で世の中や日常のシーンを捉えることができるかもしれませんね。

お読みいただいた方の何かのヒントと未来のハッピーに少しでもつながれば幸いです。

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